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気づきを一緒に
気づきを一緒に高めていきましょう
見ることが解放をもたらす
思考や感情やお喋りや想念や自我を非難や同一化なく見なさいと
起こっている出来事や起こっている騒動に巻き込まれうろたえている自我を見なさいと



その思考や感情やお喋りと想念と自我などを見ているのは観察者と言われている
その出来事に巻き込まれている私、悲しんだりイライラしたり、悩んでいたりする私を
観察している私を観察者という


では
その自我を見ている私である観察者を思考なくただ見よと


見ている者を見よと


そしてそのただただ見ているとき

その自我を観察している観察者とは
その自我に他ならないことを
知るでしょうと

この「観察者は観察されているものである」と覚知しているのが
観照であり
瞑想であると


この実際の覺知があるとき
思考者はいない思考が有るだけだ
行為者はいない行為があるだけだ

との識別がある

と教えられている


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【2016/09/26 06:52】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(3)
<<熟睡 | ホーム | 出来事は為されている>>
コメント
初めまして。
たまたまこちらのブログを拝見させて頂きました。(おそらく必然であるのですが)
私の師匠はラーマクリシュナです。
なぜか彼に惹かれます。
彼や仏陀が言われている事の「秘中の秘」は神への「渇仰心」「咸皆懐恋慕」に尽きます。全ての事象は神の計らい事であり、そして、全てが私には愛おしくかんじられます。地球は学びの場であり共振の場であると感じます。宇宙の根源的意識(ワンネス)を自身が投影するのみであると考えています。ではまたの機会で!^_^
【2017/03/02 07:28】 URL | 澤田 #BFJTYZbE[ 編集]
ラーマクリシュナは本当に素晴らしいですね、私も大好きです
私もラーマクリシュナの信者です
けれども
わたしはどちらかと言えばクリシュナムルティー信者かもしれません
今後ともよろしくお願い申し上げます


けさの思索です

世界や宇宙を自分以外の客体とみているのは自我=心であって
主体と客体の分離、自己と他己の分離、私とあなたの分離、観察者と観察される恐怖などとの分離
これらの分離は心そのものだといわれております

こころがこころに至ったとき
「見るものは見られるものである」とき
観察者は観察者であるとき
私が恐怖や自我を観察している(自己又は他者として)のではなくて
恐怖(自己及び他己)が私自身であるとき
主体は客体と融合し、
主体は消え、対象は消え
心だけとなるといわれております
そして
心は本来の神の姿を顕し
対象世界=自我=心は消滅し
実相が顕現するといわれております

世界と私は分離していないと言う実相が顕現するからだとおもいます

そしてそのとき
それを見ているものは存在していないと言われております
【2017/03/06 07:24】 URL | 久保栄治 #-[ 編集]
ラーマクリシュナも全ての物にあのお方(神)が宿っているのを見たと言われてましたが
神=実在ですね。
現象世界は、唯一絶対にして無限なる神の自己表現の“反映”である。この“反映”は、人間の心という“スクリーン”の上に映るから、心の性質や変化に応じて不完全に認識されるのである。しかし、不完全な反映であっても、神の無限性を間接的に教えてくれるのである。(他より引用)
人間として生まれた目的は神を知る事だと思いますが、私の理想は十牛図の悟りの最終段階と言われる入鄽垂手(にってんすいしゅ) です。牛(自我)が消えて 悟りたいや変わりたいなどが消え去り実相のみが光輝く
泥沼に咲く蓮の花の様な姿が美しいなぁと
思っています。

【2017/03/07 07:16】 URL | 澤田 #BFJTYZbE[ 編集]
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久保栄治

Author:久保栄治
皆様ようこそ

私とは誰でしょうか?

「汝自身を知れ」とは古来からの哲学者や賢人によって、言われ続けてきました。

人生で成功したにせよ、若し「自分を知る事」がなければ,それは一番大切なものを失ったにも等しいです。
とかく毎日の日常生活や家庭生活、会社での仕事のなかで自分を忘れてしまいます

では「汝自身を知れ」といわれている私とは一体誰でしょうか?若しくはなんでしょうか?
私は私の事を一番知っているのに、いまさら何で?・・・
と不思議に思われるでしょうけれども、自分を知る事とは人生の中でなかなかないことです

私達は生きていても、実際は自分を知る事は殆ど無いのです

ですから、いにしえの昔から哲人は「汝自身を知れ」と言い続けてきたのです

宜しかったらご一緒に自分探しのたびに出かけましょう

※私は如何なる宗教や団体や政治グループにも属していないので、ここでの書込は、教えや考えを押しつけたりしないで下さい

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