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気づきを一緒に
気づきを一緒に高めていきましょう
自由意志の中に理解はない
選択の中に自由はない
選択している限りは自由はない。
選択とは思考の働きであり、思考が過去である結果という選択をさせているからだ
思考は過去であり、過去の中にあるのが思考だ。
過去である結果が思考だからだ
時間を超え過去現在未来を観照しているのは思考ではなく「思考を超えた気づき」である



自由意志の中には自由がなく選択があるからだ
マインド・思考が有る限り自由はなく、自由ではない自由意志が有り、そして選択がある、そして私が未だ残存している



思考が有る限り自己自我は残っている、そして意志があり、正誤の考えがあり、異なっている信仰・意見がある


思考とは自我であり、私・自己であり、其れは継続して時間の中で起こっている事柄だ
過去現在未来という時間こそ思考であり、マインドだからだ。
時間は思考に他ならない
過去現在未来という時間の感覚が残っている限り
自我は生きており、思考の中にある、というのも其れは思考だからだ。


思考を観照していること(思考を停止して思考を観照しようとすることも含む)がないかぎりは
思考の中にあり
思考である限りは自分が行為している、自分が考えているとの虚偽の実感は残っている。
思考は起こっているのに自分が思考している
行為は起こっているのに自分が行為しているという虚偽の実感がそこにある。

思考であるからだ。
その私という実感こそ思考が起こしているものである。



私や思考や心や感情や観念から離脱して
私や思考や心や感情や観念を観照しようとすることが肝要だ

それは不可能だと言っているは思考であり
その思考を観照するのは不可能と言っている思考の働きと動きを観照すること
思考と同一化することなく、思考を観照すること
可能不可能と言っている思考を思考なく観照すること




と教えられている
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【2014/07/13 07:59】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
脳の機能
思考は脳のある部位の機能であり
現在意識も脳の或る部位の働きである
意識が働かなくとも脳は働いているからである
眠っているのは脳の或る部位だけなのである

意識や思考や自我とは
其れは多分、大脳皮質の(三番目の脳の)或る部位の機能だろう
思考を観照しているのも
その観照意識は、もっと深い脳の部位の意識である事だろう
悟りとは脳の状態のことであるからだ
脳の条件付けが外され
脳が完全に調和して働いているときの意識であるように思われる
脳の条件付けの結果の意識ではなくて
脳を創造し、脳をかく如くにあらしめ、脳を維持している脳自身の意識の事だ



何故なら
熟睡しているのは
脳の全体ではなくて、脳の或る部位、自我部位、思考部位であり
脳の他の部位は決して眠っていないからである
呼吸も止まっておらず、心臓も止まっておらず、脳も寝ていないからである
ただ脳の或る部位即ち現在意識部分、自我部位だけが眠っているだけだ


その眠っていない或る部位が意識化したとき
若しくは条件付けが解除されたとき
思考を観照する意識が顕在化することだろう
個人ではなくて全体性が領解されることだろう
個人とは脳が生み出している錯覚であり
全体性があることが理解されることだろう
それは世界中で同じ指紋はないことでも分かるように
この個別性は全体性の一部なのだ


自我が脳の或る部位の働き、そして記憶の働きであるように
時間や空間の閾識も脳の或る部位の働きであり
この利己性であり限定されている意識も脳の条件付けられている状態の意識に他ならない
私という他と分離している自我の意識も脳の或る部位の働きであると思われる
自己、利己性とは条件付けられている脳が生み出している錯覚なのだ
同じく自分が行為しているという錯覚も脳によって生じている錯覚なのである


なぜなら
意識は脳の中にあり
脳の或る部位の働きであり
意識を観照している意識も脳の或る部位の働きであることだろうからだ

私達の個人という利己性も
この脳の或る部位の働き
若しくは条件付けられている脳の働きであり

本来は脳とは
全く個人のものでも、私のものでも、私達のものでもないのに
それを
自分の体、自分の行為、自分の思考、自分の脳、自分の人生と思わせているのは
この脳の或る部位の働きである

時間や空間という認識も脳の働きによって
生じている

脳の或る部位が働いたとき
若しくは条件付けが解除されたとき


自分の体ではなく全体性の体であり
自分の自我ではなく全体性の自我であり
自分の行為ではなく全体性の行為であり
自分の個性ではなくて全体性の個性であり
自分の人生ではなくて全体性の人生であることが判明すると思われる


ともかく
現在意識や潜在意識はごく限られている脳の一部の機能であり
脳が調和して働いたときには
別種の意識が誕生して


個人は全く存在しておらず
思考を超えている意識が存在していることが
脳に判明されることだろう

若しくは
脳が領解することだろう
【2014/07/03 06:28】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
プロフィール

久保栄治

Author:久保栄治
皆様ようこそ

私とは誰でしょうか?

「汝自身を知れ」とは古来からの哲学者や賢人によって、言われ続けてきました。

人生で成功したにせよ、若し「自分を知る事」がなければ,それは一番大切なものを失ったにも等しいです。
とかく毎日の日常生活や家庭生活、会社での仕事のなかで自分を忘れてしまいます

では「汝自身を知れ」といわれている私とは一体誰でしょうか?若しくはなんでしょうか?
私は私の事を一番知っているのに、いまさら何で?・・・
と不思議に思われるでしょうけれども、自分を知る事とは人生の中でなかなかないことです

私達は生きていても、実際は自分を知る事は殆ど無いのです

ですから、いにしえの昔から哲人は「汝自身を知れ」と言い続けてきたのです

宜しかったらご一緒に自分探しのたびに出かけましょう

※私は如何なる宗教や団体や政治グループにも属していないので、ここでの書込は、教えや考えを押しつけたりしないで下さい

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