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気づきを一緒に
気づきを一緒に高めていきましょう
自我は神のもの、すべては神のもの
神の中に自我がいる、自我の奥に神がいる
この私・個人・自我とは神が使っている道具、即ち「私という意識」「私という実感」である
神がこの道具である「意識」・個人・私「私という実感」を使って生きておられる
この自我を通じて神自らが自我として「自分が行為」し、「自分が生きている」という錯覚を
生じさせ感じておられるのである
行為し生きておられるのも
それを私が行為し、私が生きていると錯覚しているものも他ならぬ神ご自身そのものである
個人、行為、意識、身体、出来事、質料、個別性、分離、二元とは神が使っておられる道具である
私という観念とは神の道具なのである、心とは神の道具なのである
すべての個別的霊魂を使って神が演じ、錯覚し、知覚し、認識しておられる
あらゆる次元、あらゆる宇宙は神の身体である、すべてのすべては神の中にある
神ではないものは何もない
すべての自我を神が使って神が行為し、神が生きておられる
あらゆる宇宙、あらゆる世界、あらゆる私は神そのものである
神は私という観念を使って世界を演じておられるのだ

わたしにはそう思索できるのだが
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【2012/12/22 09:16】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(3)
私が自我である
他人と分離しているこの私、この私とは人類すべてに同じ構造である

肉体の構造や原子の構造が宇宙上すべてが同じようにこの自我も同じ構造をしている

同じ構造をしていると言うより、人類の自我は同じように私が一番だ!と思うように創られている

この現在意識・潜在意識のこの私が自我である、そしてその自我がこの現在意識の殆どである

しかしこの他の人と分離している私とはこの分離している私が生み出したのではないし

私のものでもない、この「私」「わたしが」「私の」という自我の意識は生まれたとき最初

からあったからだ、この他人とは分離しているという意識は脳を通じて形成され続けている

この私は他人と別だと、自分は肉体だと、自分は私だというわたしは、

かくいうそのご本人であるこの私が生みだしのではない

生まれたときから死ぬときもそれは同じであり、おそらく死後も続いていることだろう

その私こそが自我なのだ、何故なら他人とは別だという自己というものを意識しているからだ

意識しているものが意識されているものだ

自分を意識し、自己に関心があり、自分に気がついているのが自我だ

この自我である私とは私が自我であるのに自我を観察し自我を見ていると思っている

目の機能は神経や網膜などよって知覚が与えられているから見ていることが出来ているのに

この私は自分が見ているのだと肉体の機能と同一視しているが、実際は見ることは肉体の最高度の機能なのだ

私自我には目がないので見ることは出来ないのに自分が見ていると思っている

それだけ深く自我は(心は)肉体と同一視しているのだ

クリシュナムルティーの本をみて、自分がそのレベルだと錯覚する・・そして

ならないで在ろうとし、なろうとしないでいようとし、あるがままであろうとし

全託している振りをして、自己観察していると思って、見ていると思っているこの私

観察し、知覚し、記憶し、体験し、考えているこの私、この私が自己即ち自我だ


信じている私、恐れ、愛し、苦しみ、常に分離している自己を意識し、他人とは

異なっている自己を感じている私

そして

眠り、夢見、日中の意識しているこの私こそ自我である

このわたしこそ自我であるのだ、何故なら愛ではないからだ

自我とは他でもないこの現在の私なのだ、この人生を生きているこの私

この現実の私であるところの、この私こそが自我なのだ

この私は愛ではない、愛がないからだ・・それが私・自我なのだ

他と分離している私という観念なのだ・・それがこの私だ





【2012/12/05 14:10】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(6)
プロフィール

久保栄治

Author:久保栄治
皆様ようこそ

私とは誰でしょうか?

「汝自身を知れ」とは古来からの哲学者や賢人によって、言われ続けてきました。

人生で成功したにせよ、若し「自分を知る事」がなければ,それは一番大切なものを失ったにも等しいです。
とかく毎日の日常生活や家庭生活、会社での仕事のなかで自分を忘れてしまいます

では「汝自身を知れ」といわれている私とは一体誰でしょうか?若しくはなんでしょうか?
私は私の事を一番知っているのに、いまさら何で?・・・
と不思議に思われるでしょうけれども、自分を知る事とは人生の中でなかなかないことです

私達は生きていても、実際は自分を知る事は殆ど無いのです

ですから、いにしえの昔から哲人は「汝自身を知れ」と言い続けてきたのです

宜しかったらご一緒に自分探しのたびに出かけましょう

※私は如何なる宗教や団体や政治グループにも属していないので、ここでの書込は、教えや考えを押しつけたりしないで下さい

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