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気づきを一緒に
気づきを一緒に高めていきましょう
主体は統覚機能(個別的霊魂)ではない
近頃おもうこと

私は主体ではない。この自己意識は主体ではない。主体が用いている道具である。
主体とは神であり「見るものは見られるものである」と直視している普遍なる純粋意識である
その純粋意識とは世界は私だと実感している。

個別の私達であり私という観念であるこの分離している意識とは主体ではなく主体が投影している
個別的霊魂の意識に過ぎない
即ち統覚機能である知覚している心なのだ


主体が投影している意識とは統覚機能という個別的霊魂のことであり
それは私という観念であり、個我であり即ち二元分離している心のことである


心とは私という観念(個別的霊魂=統覚機能)であり
神聖なる肉体や素晴らしい諸体を使って行為を為され出来事を起こさしめている神に
よって用いられ、使われているものである。


その統覚機能である私が「見ている事が神によって起こっている」にもかかわらず
「私が見ている」「私が考えている」「私が知覚している」「私のものだ」「私は私だ」
「私は主体だ」と錯覚させられている



それらの私意識とは肉体に入り脳と結合している統覚機能(個別的霊魂)の自己意識のことである
主体である神はその個別的霊魂である統覚機能に「自分が行為している」
「自分が主体」という錯覚を起こさしめて輪廻という現象界を廻しておられるのである


それが私という記憶から成り立っているコーザル体(個別的霊魂の記憶)の私であり
輪廻している主体ではない私である


くどいが主体とは神だからである


主体である神が統覚機能(心・根本自我・私という観念)を用いて
自然界の一部であるところの神自らが行為している肉体(諸体がリンクしている肉体)に入らせ
自分が行為しているという錯覚を起こさせ
自分が行為しているという錯覚から
カルマを発生させ
そして
そのカルマが原因となって
個別的霊魂にさらに行為しているという錯覚を抱かせ
(行為しているのは神自身であるにもかかわらず)
輪廻転生を廻させておられるのである



この私である個別的霊魂とは主体ではなくて
主体が用いられている「私という観念」に過ぎない
主体は神しかいない
この私・自己意識とは神の使用しておられる道具なのである


この自己意識とは脳と同一化している
神の用いられている統覚機能であり
神の道具なのだ
それ故に神聖なるものである





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【2012/11/11 08:31】 | 未分類 | トラックバック(1) | コメント(1)
私のものはなにもない、私も私のものではない
果たして私のものと呼べるようなものはあるのか?
私の肉体は勿論わたしのものではない、鏡を見れば顔が写り、その神の創造物には
ただただ驚くばかりだ
私の目の前のスーパーで買ったリンゴも私のものではない
リンゴは神のものである、否いな、神そのものなのではないか

この呼吸、このしゃべり、この髪の毛
なんという素晴らしいものだろうか

この見ること=視覚とは勿論脳内の素晴らしい連携の結果であるが、
この視覚の結果を知覚し
意味づけそして自分のものと錯覚させるのはまさに神の業・マーヤである


才能があるのも才能がないのも、
時間を認識できるもの、
聴くことが出来るもの、出来ないのも
相手を認識できるのも神の業である
脳が正常には機能しなければ、苦しみも自尊心もなく、
悲しむことも、感動することも出来なかったであろう


内面の意識も、知覚も、記憶も、思考も、思考を理解することも、
日常の嫉妬心も、自尊心も、“「私のもの」という錯覚”も私のものではない
憎むことも、プライドも、恐怖心を抱くことも
どこを見渡しても、自分に出来ることはなにもない、自分のものは何もない


この私という「私という観念」さえも私のものではない。自分のものではない
自我も、そして自我意識が形成されることも
よく考えれば私には出来ないのだ
私が私を生み出したのではない
自分では行為を為す事が出来ないように
内部を見ても、外部の肉体をみても、どこにも私のものなど存在していない

なにせ私自身が私のものではないからだ


有り難い
有り難い


私のものなどなにもない
私の所有などなにもない
私自身が私のものではないからだ


すべては神のもの
自分のものだと思っている土地や財産や才能や肉体や能力も名誉も罪も行為や出来事も
すべてのすべてが自分のものではなくて神のものである

私が生まれたのではない、神が誕生させたのである、というより誕生している
のは「誕生していない神」なのではないか。
肉体も私ではなく、諸体も私ではなく、私という記憶も私ではなく神のものである
その私といっている個別的霊魂も神の一部であるからには
一体どこに分離した私がいるのであろうか?


事実は誕生も死亡もしていないからだ。
故に神が肉体を死亡させるのであり、個別的霊魂を自我や諸体を伴って肉体から
離れさしている。それを自分が肉体から去ったのだと思っているのは個別的霊魂の
錯誤であり、根源がその錯誤を起こしているのである。

家も財産も、持っているものも、よく見ればすべては神のものに他ならない
私達は身体ではなく
まして私達に身体を動かすことは出来ないのだ
これらのことは身体をよく観察すれば自明のことだ


そして私達の自己意識、私達の「私という観念」すら私達が作ったのではない


私達である私という観念も神のものなのだから
一体何をさして
私のものといえるのか


私のものは何もない
内も外もすべてが神のものである
苦しみも悲しみもこの私も神のものなのであるといえる
いないな神自身なのかもしれない






【2012/11/08 23:36】 | 未分類 | トラックバック(1) | コメント(1)
自他を超え、善悪を超えて
根源が個別的霊魂を通じて物語を投影している


根源は根源が使用されている肉体(や諸体)にこの個別的霊魂を浸透させ
この個別的霊魂に「根源が起こしている肉体の行為」を「自分が行為している」
との錯覚を起こさせている
個別的霊魂とは個別ではなくて全体であるからだ
全体であるものに錯覚を自ら起こさしめているのである。


それゆえに、この錯覚とは聖なる錯覚である


起きている思考を「自分が思考している」
頭脳の記憶の反応を「自分の記憶の反応である」
記憶である人格を「自分の反応だ」とする
錯覚を起こさしめているのである


そしてこの個別的霊魂が「私の自由意志」と思い込んでいる
その自由意志とは根源の自由意志に他ならない
個別的霊魂の自由意志を通じて根源が意志され
行為をされ、思考され、感じさせ、知覚させ、欲望させている
そして
物語を起こさせ
マーヤを起こさしめている



わたしもあなたも
すべての出来事も
すべての自他の自我も
すべての行為も
すべて根源が直接に起こしておられる神聖なることでなくて何であろうか



すべての出来事とは神聖なる出来事である
すべての自我は神聖なる自我である
すべての行為とは根源の行為であり、演技であり、神聖である


個別的霊魂を使って
根源は
個別的霊魂に
自分が行為し
自分が善であり
相手が悪であると
敵と味方があるという錯覚を起こさしめているのである


この錯覚であるマーヤも神聖なるものでなくて
一体なんであろうか



すべての出来事とは根源が為さっている神聖なる出来事である
すべての自我は、自他に同一の純粋精神が演じておられる神聖なる自我である
すべての善悪の行為はただ一つの神が演じておられる神聖なる行為である


これらは肉体や知覚や思考のシステムを詳しく見れば
自明のことである

何故なら
根源の結果である私という観念「心自我」には
心も自我も生み出せず
その心も自我も、心や自我のものではないからである

心と自我を使って現象界を
あらしめておられるのは
神聖なる純粋精神である



物語を自他の自我を使って演じておられるのは
神聖なる御方である


善悪
二元を超えて
働いている神の叡智と愛を
現象界に見ることが出来る



見ることが出来るのも
見ることが出来ないのも
同じ根源の神聖なる出来事に他ならないのではないか



この私の観念も神が起こしておられるのである







【2012/11/05 07:16】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
プロフィール

久保栄治

Author:久保栄治
皆様ようこそ

私とは誰でしょうか?

「汝自身を知れ」とは古来からの哲学者や賢人によって、言われ続けてきました。

人生で成功したにせよ、若し「自分を知る事」がなければ,それは一番大切なものを失ったにも等しいです。
とかく毎日の日常生活や家庭生活、会社での仕事のなかで自分を忘れてしまいます

では「汝自身を知れ」といわれている私とは一体誰でしょうか?若しくはなんでしょうか?
私は私の事を一番知っているのに、いまさら何で?・・・
と不思議に思われるでしょうけれども、自分を知る事とは人生の中でなかなかないことです

私達は生きていても、実際は自分を知る事は殆ど無いのです

ですから、いにしえの昔から哲人は「汝自身を知れ」と言い続けてきたのです

宜しかったらご一緒に自分探しのたびに出かけましょう

※私は如何なる宗教や団体や政治グループにも属していないので、ここでの書込は、教えや考えを押しつけたりしないで下さい

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