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気づきを一緒に
気づきを一緒に高めていきましょう
私・あなたは偏在している光である、対象ではない
魂が(統覚機能が)自分を真の私ではなくて、対象を自分だと思っている限り



魂には行為が起こり、行為者となり、その結果が起こって



輪廻の車輪は回り続ける
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【2011/04/16 08:23】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
意識は熟睡や夢見や思考には中断されない
呼吸や血流の循環は熟睡や夢見や日中の思考によっては中断されない
同じように
意識は、熟睡や夢見や日中の思考によっては中断されない
意識である愛のある純粋理性は熟睡や夢見や思考によっては中断されない
にもかかわらず
現在のパーソナリティーは気づきがないので意識を意識できず
思考を意識と取り違えて、自分は意識していると思っている
自分は目が覚めて意識していると思っている
だがそれは意識ではなくて、分離している思考に過ぎない
それは意識ではない



それと同じ文脈で
夜、思考が続いて眠らないのを、自分は意識であり目覚めていると思い込んでいる人がいる
けれども
そのように思考が意識の振りをして夜も寝ないで続いていても、それは意識ではない
その人が熟睡を見ていると信じているのは意識ではなくて思考である、
思考が続いているだけだ
それは意識の振りをしている思考である、
それは思考が眠らないで続いているだけだ




思考は意識を思考しているが
意識は意識を意識している
意識は高次次元の空間でもあるからだ




夢を見て、熟睡では無意識となり、日中は分離感覚を持っている思考という
日中の「意識もどき」とは、意識ではなく、マインドである、または観念である



それは
現在のパーソナリティーが発育しておらず
現在のパーソナリティーが各体のチャクラや魂や真我と充分に
繋がっていないので
各体の思考、および魂や真我の意識である
気づきに繋がらず
マインドという思考に繋がれ、その思考に覆われ
夢見と熟睡と日中の思考の間を行き来している




私達は目であるにもかかわらず目を閉じているのである








【2011/04/04 10:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
プロフィール

久保栄治

Author:久保栄治
皆様ようこそ

私とは誰でしょうか?

「汝自身を知れ」とは古来からの哲学者や賢人によって、言われ続けてきました。

人生で成功したにせよ、若し「自分を知る事」がなければ,それは一番大切なものを失ったにも等しいです。
とかく毎日の日常生活や家庭生活、会社での仕事のなかで自分を忘れてしまいます

では「汝自身を知れ」といわれている私とは一体誰でしょうか?若しくはなんでしょうか?
私は私の事を一番知っているのに、いまさら何で?・・・
と不思議に思われるでしょうけれども、自分を知る事とは人生の中でなかなかないことです

私達は生きていても、実際は自分を知る事は殆ど無いのです

ですから、いにしえの昔から哲人は「汝自身を知れ」と言い続けてきたのです

宜しかったらご一緒に自分探しのたびに出かけましょう

※私は如何なる宗教や団体や政治グループにも属していないので、ここでの書込は、教えや考えを押しつけたりしないで下さい

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