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気づきを一緒に
気づきを一緒に高めていきましょう
観照
観照



観照とは何だろうか?
観照とはすることではなく、「ただ観照している」のだ



恐怖を観照するとは
恐怖を対象として観察するのではない、それは観照ではない、観察に過ぎない
だから
恐怖を観照しているとは
恐怖を観察するのではなくて、
じっと恐怖と共に留まり、
恐怖の奥に入り込み
恐怖の内部から
判断せず、非難せず、評価せず、
ただただ見て
観照している事だと



恐怖の観察者、恐怖の知覚者、恐怖している恐怖者を同じように観照するとは
恐怖者を対象として見るのではない

その怖れ恐怖している私を観察するという観察なのではないし
観察者を観察することではない



恐怖を観察している観察者(観察者は観察されるものである)を観照するということは
恐れている私を愛することである
恐怖に怯え、恐れ戦いている私を愛することである
恐れている私と、恐れている私を抱きしめている私が一つになることである
それが
恐れている私を観照しているという事ではないか




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【2010/07/30 08:31】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
自分も他人も判断するな
私達は自分を知らないという無知の中で生きている
(自分が見えていない状態で生きている)




従って自分が見えず、自分を知る事がないのであるから


自分の親のことも子供のことも妻のことも他人のことも実際には

全く知らないのである



自分を知る事がないのに何故、自分や他人のことを裁いたり、

判断したり、評価できるであろうか
自分はこうだとか、自我だとか非難したり、この自分は自分では
ないとか
あの人はああだこうだと言ったりすることが出来るのであろうか




他人を知り、理解出来るのは自分を知る事が出来るようになった

ときのみである



私達は自分にも出会っておらず他人にも出会っていないのである


自分に出会うためには、まず始めに自分とは何か、私とは誰かを


知らなければならない
(自分とは何ではないかを観念的に知る事は、決して自分を知る
事にはならない)




ミルダッドの言うように


自分を知るためにはまず最初に自分を愛さなければならない


自己を分類し、自己を仕訳する「篩う」のではなくて「坩堝」

として・・・・・・全ての自己を愛するのである


現象している色んな自己、各段階の自己・・その自分を愛する

ことに中に


その愛の中に徐々に本当の自分が顕現してくる



その自分とは全ての自分であり、全てのものの私・・机の、ヨーグ
ルトの、自転車の、木々の、生き物としての、無生物の生きていな
いものとしての


隣人の、妻の、夫の、そしてこの私としての・・・自分である



私とあなたに何処に区別があるのだろうか


そしてその時初めて、私は他の人を理解出来るだろう



「私」自身として



【2010/07/27 07:35】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
自我がなくても肉体は生きている
自我が肉体に繋がらなくても肉体は生きていることが出来る
勿論
現在のパーソナリティーというサイコ・ノエティック体が肉体に入らなくても
動物並の生活は出来る
けれども
この自我も現在のパーソナリティーも
魂が肉体に入らない限りは
肉体では機能出来ない
そして魂は真の私という全体とひとつである

そしてもう一つ重要なることは
肉体は聖霊(生命)が肉体を支え聖霊がそこで生きていなければ
その動物魂さえも入ることが出来ないし


肉体はその聖霊(生命)なしでは
大地に分解してしまうと言うことである


だから普通の人間の生活は
この魂が肉体に入ったので
営まれることが出来ているのである



肉体の持っている高度の自律機能と
それを維持している思考と行動は
動物魂が既に肉体には受精時に入っていたので
ある程度の知覚と判断と行動や思考や感情を持ち
魂や現在のパーソナリティーや自我が肉体に入らなくても
普通に可愛い動物並みには生活が出来ているのである



自我があると言うことは現在のパーソナリティー
(サイコ・ノエティック体)があるということ



そしてこの現在のパーソナリティーがあると言うことは
魂があると言うこと


魂があると言うことは
真の私である真我があるということだ


だから
自我という想念形態の記憶の反応や
個我の思考や感情であり、実感である
「私は肉体である」「私は観念である」「私は思考である」
「私は個人であって他と分離している」などという
思考、観念すらも

真我がなければないわけである
真我がなければ生まれていないだろうし
自分は他と分離している個人であり、対象と分離していると言う
自我・「分離している私」の観念すらも
生まれてはいなかっただろう




【2010/07/14 08:15】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
心に対しての?
肉体というものは何百億ある細胞が一糸乱れず「全体の一部」として運行されていて
完全完璧であるように
この
細胞から、脳細胞から、物質から生み出されている意識・心も
もともとは完全完璧なのであろう
宇宙全体として一つなのであろう
が、けれども
心とはどうして分離した私と言う感覚と知覚と認識・意識を持っているのだろう?
そしてあとは、私達がよく知っているご存じの様なマインドと記憶が生み出した世界である

本来はひょっとすると
肉体も自然も宇宙も完全で完璧な状態であることからして
同じく心も意識も分離しておらずに宇宙として一つで
自然や肉体や草や木や動物や山や樹のように完全完璧なものだったのかもしれない
意識が分離されておらず、宇宙全体と一つだったのかもしれない


何故かといえば、この物質界の鉱物や綺麗な花や、又は綺麗ではないものさえをも
見ても分かるが、それは、全体が一糸乱れず、完全に宇宙が一つとして、機能して
動いているのでり
そのことは
絶対的に確かである
宇宙が一つの身体であろう、これは社会常識から見ても分かることだ


それでは
どうしてこの脳から生み出されている意識なり思考なり想念なり認識なり知覚が
我性というこころを持っているのだろうか?



感覚器官の情報は脳で処理されているので、脳が感覚器官からだけの情報しか
処理せず、それ以外の感覚器官以外の情報を脳でうけとっている知覚情報を
脳が処理しないように
脳がブロックされているのであろうか?


此処が不思議なところである
ものそれ自体は
物質それ自体は
脳それ自体は
宇宙全体のそれ自体なのであるから、その宇宙全体の意識で良いはずなのに
なぜ
私達の意識や心だけはどうして個・意識、我性を持っていて、分離しているのだろうか
分離している個として認識し、意識されるのであろうか?



私が此処でどうもおかしい?
と思うのは
心が、意識がこの創造されているもの即ち創造主体の心や意識ではあるけれども
その本来の心や意識をブロックが、覆いが罹っていると言うことなのだ


このブロックとは勿論、主体と客体の二元性のことであるけれど
見ている私と、見られている対象は一つなのに
何故、分離しているように見えているのかと言うことである
本来の造られた心とは
ちょっと違うのである



このもの自体(ものの中にはあらゆる質料が入るけれど)とは
よく調べれば分かるように超絶に完全完全なのに
心とか意識はどうして、かくも自他に分離しているのかと言うことなのである


どうして心とかは我性を持っているのか?
自分という我性を持ってしまったのか?
それも
人間だけではなくて
動物も、植物も、鉱物も、その他もあらゆるものもである

そしてそれ故にその心から第三次製作されたエレメンタルもそういう分離した塊であるのだ


本来の心はどうだったのか?
それを宇宙心とか、宇宙意識とか呼ぶ人もいるけれども

本来の心とか意識は
宇宙と一つであろう
次元の分離もないことだろう

しかしそれを真実に言えるのは
外部として知覚している個人ではない

ラーマクリシュナのいうように
その時、それを認識している主体とは

溶けて消滅しているからであると
客体を認識している主体の心とは
海のことを調べに行った塩人形なのであると


この認識主体・分離して見ている「通常の心」は
もう
海に溶けて「いない」のであると








【2010/07/06 08:04】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
プロフィール

久保栄治

Author:久保栄治
皆様ようこそ

私とは誰でしょうか?

「汝自身を知れ」とは古来からの哲学者や賢人によって、言われ続けてきました。

人生で成功したにせよ、若し「自分を知る事」がなければ,それは一番大切なものを失ったにも等しいです。
とかく毎日の日常生活や家庭生活、会社での仕事のなかで自分を忘れてしまいます

では「汝自身を知れ」といわれている私とは一体誰でしょうか?若しくはなんでしょうか?
私は私の事を一番知っているのに、いまさら何で?・・・
と不思議に思われるでしょうけれども、自分を知る事とは人生の中でなかなかないことです

私達は生きていても、実際は自分を知る事は殆ど無いのです

ですから、いにしえの昔から哲人は「汝自身を知れ」と言い続けてきたのです

宜しかったらご一緒に自分探しのたびに出かけましょう

※私は如何なる宗教や団体や政治グループにも属していないので、ここでの書込は、教えや考えを押しつけたりしないで下さい

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