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気づきを一緒に
気づきを一緒に高めていきましょう
Kを学ぶ友人と共に
先日、電話で同じKを学ぶ友人と1時間以上話した

その友人はこのように電話で言った


「思考が思考者を生んだが、思考者は思考できない、思考者は思考だ」と


また
「行為が行為者を生んだが、行為者は行為出来ない、行為者は行為の結果である」と



この言葉を理解することは、もの凄く難しく
アドヴァイタを学んでいないものには
頭ですら全く訳の分からないチンプンカンプンの言葉だろう
けれど
恐らく、これがクリシュナムルティーと私達の架け橋の言葉かもしれないと思った
(この他にも友人の言葉があるのだが、私には難しくて
殆ど理解出来なかった)


私なりに思うのであるけど
友人の言葉から、以下のことが導かれるのではないか



「人生が人生を生きていると思っているものを生んだが、人生を生きていると思っているものは人生を生きることは出来ない
人生を生きているものは人生の結果である・・・・と」




「観察されるものが観察するものを生み出したが、観察するものは観察することは出来ない、
観察するものは、観察されるものの結果である、・・・と」



「記憶が記憶者を生み出したが、記憶されているもの(記憶者)には記憶
することも記憶内容も生み出せない、記憶(記憶者)は記憶の内容の結果である・・・と」



「体験が体験しているもの(体験者)を生み出したが、体験しているもの(体験者)は体験を生み出せない
体験者は体験の結果である・・・・と」




「原因が結果を生み出したが、結果は原因を生み出せない、結果は原因の結果である・・・と」




「対象が主体者を生んだが、主体者は対象を生み出せない、主体者は対象の結果であり
対象の一部である・・・と」





「感覚が感覚者を生み出したが、感覚者は感覚を生み出せない、感覚者は感覚の結果である・・と」


「自己ではないもの、自己ではないことが自己を生み出したが、自己は自己ではないもの
自己ではないことを生み出せない、自己とは自己ではないこと(自己ではないもの)の結果であり
自己ではないものの一部である」


「条件付けが反応を生み出したが、反応は条件付けを生み出せない、反応は条件付けの結果であり
条件付けが解消したとき反応も解消する・・・と」



「見られるものが見る者を生み出したが、見る者はみられるものを生み出せない
見る者は見られる者の結果であり、その一部である・・と」

「見る事が見る者を生み出したが、見る者には見る事は出来ない
見る事の中に見る者がある・・・と」


「感情が感情している者を生み出したが、感情している者が感情を生み出せない、感情している者
は感情の結果である・・と」



「認識されていることが認識者を生み出したが、認識者には認識も認識されていることも生み出せない
認識者は認識されていることの結果である・・と」


「自由が自由意志を持っていると思っている者を生んだが、自由意志を持っていると思っている者は自由意志はない、自由意志を持っていると思っている者は、自由の一部である・・と」


「生命が生きている者を生み出したが、生きている者は生命を生み出せない、生きている者は生命の結果であり
その一部である・・・と」



「ただ一つの全体が個人私を生み出したが、個人私はただ一つの全体の結果であり、
私はただひとつの全体の一部である・・と」


以上のことを
久保栄治は観念として思っているだけ(即ち誤解している)だが


友人は以上のことを実感として感じている
その証拠に
彼はある程度の「五感」からの自由を得ているからであり
頭脳の条件付けからの解放されつつあり
この世界では奇跡と呼ばれるようなことも行うことが出来る
以上の
このことから
彼は私のように単なる頭で誤解しているのではないことが
推測される





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【2009/11/03 08:25】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(13)
プロフィール

久保栄治

Author:久保栄治
皆様ようこそ

私とは誰でしょうか?

「汝自身を知れ」とは古来からの哲学者や賢人によって、言われ続けてきました。

人生で成功したにせよ、若し「自分を知る事」がなければ,それは一番大切なものを失ったにも等しいです。
とかく毎日の日常生活や家庭生活、会社での仕事のなかで自分を忘れてしまいます

では「汝自身を知れ」といわれている私とは一体誰でしょうか?若しくはなんでしょうか?
私は私の事を一番知っているのに、いまさら何で?・・・
と不思議に思われるでしょうけれども、自分を知る事とは人生の中でなかなかないことです

私達は生きていても、実際は自分を知る事は殆ど無いのです

ですから、いにしえの昔から哲人は「汝自身を知れ」と言い続けてきたのです

宜しかったらご一緒に自分探しのたびに出かけましょう

※私は如何なる宗教や団体や政治グループにも属していないので、ここでの書込は、教えや考えを押しつけたりしないで下さい

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