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気づきを一緒に
気づきを一緒に高めていきましょう
逃避しようとしている私を受容しよう
破滅や破産や欠乏や破局を避けようとすること
安全で安定して平和で静かに平穏を求めること
病気や苦悩や苦痛や哀しみや絶望や恐怖を味わおうとしないこと
これらの事から回避しようとすること

安全で安定して拡大して大きくなり立派になり、敬われ、尊ばれること
支配すること、思い通りになること

これらのことを煎じ詰めれば


快を求め
苦を避けようとすること

これが自我の本性であり
これが神の探求者の実像である

この快を求め、苦を避けるために
この実現のために神というものを求めているのであって

決して真我を求めているわけでも
神を求めているわけでもない



これらのこと
そしてこれらの虚偽である自我をも含めて


全てを

受容することが肝要だ

結果であるものを、そして結果を拒否し逃避しているものである結果を
全て受容することだ

全受容していることとは
全託していることだ

そして

全託しているとき
観照している
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【2009/07/08 08:04】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(6)
自我を受け入れよう
受け入れましょう、受容しましょう
この自我を、

この小さな私を抱きしめましょう
思い切り愛してあげましょう、愛を与えましょう
決して自分には愛がないのだとか有るとかへ理屈を付けずに
ただただ抱きしめましょう、愛しましょう


この私こそがこの自我であり、小さな私だから


受け入れましょう、受容しましょう


自尊心溢れている自我を
高慢ちきなこの自我を
常に一番でないと気が済まず、尊大で思いやりのない自我を
侮辱を憶えていて、他人を許すことの出来ない無慈悲な自我を
神の右側に座らないと気が済まないこの偉ぶった自我を
景気に翻弄され一喜一憂し、物欲が強く小心者の自我を
イライラしている自我を
人に認められることだけを求めている競争心に溢れたこの自我を
人も自分も批判し続けている自我を
好色の自我を
欲望に溢れている自我を
罪悪感にうちひしがれ、苛まれているこの自我を
劣等感に飲み込まれ、優越感に舞い上がっているこの自我を
人を非難し続けている自我を
狂気の自我を
分裂している自我を
愛のない自我を
苦しみにのたうち回っているこの自我を
悲しみと無力感に圧倒され立ち上がれないこの自我を
自分自身である自我から逃避したり、同一化しようとしているこの自我を
理論武装し自分を正当化しようとしている自我を
恐怖に染まり、恐がり恐怖に怯えているこの自我を
憎しみと憎悪にみちているこの自我を
直ぐカットなって条件反応してしまう自我を
全く愛を知らずに、愛を求めてのたうち回っている自我を
利己的で自分の成功と、自分の幸せと、自分の健康しか求めない自我を
計算高く人に奉仕する事のない、商売人の自我を
絶望と希望の狭間に翻弄され、苦界の中で足掻いている自我を
悲しみと苦しみそのものでしかない自我を
まったく自由もなく分離の三界の中で輪廻し続けている自我を
行為することもないのに行為していると錯覚し続けているこの自我を
過去現在未来という時間の苦界の中を生き続けている自我を
常に~になろうと藻掻き、真の私を決して理解できないこの自我を
目がなく盲目で真実を見ることはなく、見る事の出来ないこの自我を
求めることのみで決して与えることをしない吝嗇の自我を
肉体と同一化し、老化と痴呆に怯えるこの自我を
知覚と感覚と認識と記憶でしかないこの自我を
つかの間の快楽と直ぐに過ぎ去る幸福を追いかけている悲しみの自我を
決して、起こっていることを受容せず、常に欲望に翻弄される自我を
知覚と感覚の奴隷となり、利己的な思考しかできない自我を
和解する事も、許すことも出来ないこの自我を
思考と時間とプログラムの結果にしか過ぎないこの自我を
結果でしかない現象界にしか焦点を合わすことしかできない自我を
既に在るのに「なることだけを」求め続けているこの自我を
現象界しか知らず「気づき」も「空間」も理解できないこの自我を
外部とはこの自我の投影でしかないのに、それに外部だとしか認識できない自我を
記憶でしかないこの自我を
思考でしかないこの自我を
プログラムでしかない自我を
結果でしかない自我を


これら私そのものであるこの自我を



この自我をそのまま受容しよう


自我を拒絶せず暖かく迎えよう
自我に良くなれとか、こうあるべきだ、など決して注文を付けずに
そのままを、まるごとあるがままに、完全に受け入れよう
自我をあるがままにそのまま抱きしめよう、たとえ泥だらけでも、汚くても、臭くても、醜悪でも、怯えていても、襲ってきてもそのまま抱きしめよう
自我をトコトン感じきろう
自我の言うことをじっくりと聞いてあげよう、見てあげよう、感じてあげよう
自我を非難したり、批判したりするのは止めよう
自我について良いとか悪いとか判断するのは止めよう
自我について等級を付けたり、言葉で分類するのは止めよう
自我から逃げるのは止めよう、自我に向きを変えて自我を受け入れよう


自我をそのまま、黙って丸ごと抱きしめるのだ


何故なら、このわたしこそが、その自我だからだ
【2009/07/06 07:23】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
プロフィール

久保栄治

Author:久保栄治
皆様ようこそ

私とは誰でしょうか?

「汝自身を知れ」とは古来からの哲学者や賢人によって、言われ続けてきました。

人生で成功したにせよ、若し「自分を知る事」がなければ,それは一番大切なものを失ったにも等しいです。
とかく毎日の日常生活や家庭生活、会社での仕事のなかで自分を忘れてしまいます

では「汝自身を知れ」といわれている私とは一体誰でしょうか?若しくはなんでしょうか?
私は私の事を一番知っているのに、いまさら何で?・・・
と不思議に思われるでしょうけれども、自分を知る事とは人生の中でなかなかないことです

私達は生きていても、実際は自分を知る事は殆ど無いのです

ですから、いにしえの昔から哲人は「汝自身を知れ」と言い続けてきたのです

宜しかったらご一緒に自分探しのたびに出かけましょう

※私は如何なる宗教や団体や政治グループにも属していないので、ここでの書込は、教えや考えを押しつけたりしないで下さい

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