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気づきを一緒に
気づきを一緒に高めていきましょう
練習しよう
自己観察は練習が出来ると思います
また、幼いときから絶対に必要です
内側でその感情が、不安が恐怖が、羨望が、嫉妬が、憎しみが、エゴが動いたその瞬間に
ただ見る、ただ観察する、黙って見る、ただ聞く、感じる

何もしないで、良くなろうとせず、逃げようとせず、非難せず、同一化せず、理屈を付けず

よく見る、感じる、ストーリーを聞く
私はこれが解放への第一歩だと確信します
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【2006/03/29 06:56】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
真我は否定的に接近
ニサルガは言う
私でないものを発見し尽くす中に真我は現れる
見ることそのものが真我であり
見ることが変革を引き起こすのでは無く、見ることそのものが変革であり、静寂であると
それは、否定的にしか叙述出来ないと、肯定的なものはマインドの領域にあり、真実ではないと

見ることは、自分が完全に見ることが出来ないという事を見るとき、ハプニングとして起こる、見ることは恩寵であり、自分が為すことではなく、起きること、与えられたことである
【2006/03/28 18:18】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
見ることが出来るものは全て自分ではない
私が見る主体と客体は全て私ではない
【2006/03/28 17:59】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
プロフィール

久保栄治

Author:久保栄治
皆様ようこそ

私とは誰でしょうか?

「汝自身を知れ」とは古来からの哲学者や賢人によって、言われ続けてきました。

人生で成功したにせよ、若し「自分を知る事」がなければ,それは一番大切なものを失ったにも等しいです。
とかく毎日の日常生活や家庭生活、会社での仕事のなかで自分を忘れてしまいます

では「汝自身を知れ」といわれている私とは一体誰でしょうか?若しくはなんでしょうか?
私は私の事を一番知っているのに、いまさら何で?・・・
と不思議に思われるでしょうけれども、自分を知る事とは人生の中でなかなかないことです

私達は生きていても、実際は自分を知る事は殆ど無いのです

ですから、いにしえの昔から哲人は「汝自身を知れ」と言い続けてきたのです

宜しかったらご一緒に自分探しのたびに出かけましょう

※私は如何なる宗教や団体や政治グループにも属していないので、ここでの書込は、教えや考えを押しつけたりしないで下さい

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